狂気を運ぶ暴雨

第6話 1/2/3

「それがどうした?」

それだけ言って、ドビアンはキッシュと子供を残したまま走って行った。
キッシュは瞬間どうするべきか迷ったが、子供の命の方が先だと思った。
まずは子供の熱を下げるために呪文を唱えて、冷気が宿った手を子供の額に当てた。
熱が下がりはじめると子供の息が少しずつ楽になる。キッシュは子供を抱き上げた。
その瞬間までは戸惑いがあった。
子供を医術師に連れて行くのは目的地に着いた後でも良いのではないかという思いが頭を過ぎったからだ。
だがすぐに自分に言い聞かせた。国王になろうとしているのは全てのデカン族を救うため。
それなのに目の前の小さな命を救うことに躊躇うのは自分の決めた大儀に背く行動だ。
キッシュは子供を抱きかかえて一生懸命走りはじめた。

『王になれなくても、自分の大儀を貫く道は幾らでもある。今はこの小さな命を救うのが先だ』

幸い、医術師マスルスは家にいた。
いきなり駆け込んできたキッシュに、マスルスは目を丸くした。

「君は…最終試練に参加したんじゃなかったのか?」

キッシュは頷いて、肩で息をしながら言った。

「この子を見てください」

マスルスは何が何だかわからないまま、キッシュが抱きかかえている子供を診察しはじめた。
子供の容態を確認したマスルスがキッシュに言った。

「この子は責任を持って診療するから、君は早く試練に戻ってくれ」

キッシュは首を横に振り、子供の容態が安定してから戻ると言った。
マスルスは何度も大丈夫だから行けと言ったが、キッシュは聞かなかった。
結局子供の診療が終わるまで待って、自分の目で子供の無事を確認してから
やっとキッシュは目的地に向かった。目的地ではハエムが憂い顔で自分を待っていた。
彼は何も言わなかった。ただよくやったとでも言うように、彼の肩を軽く叩いてくれた。

「キッシュ様?」

いきなり聞こえた呼びつけに、キッシュはベッドから起きた。
銀糸で華麗に縫い取ったコバルト色のシルクを身に纏った侍女が扉の前で自分を見つめていた。
彼女はポットと簡単な茶菓子を乗せた丸いお盆を両手で持っていた。


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