第三章 因果の輪

第2話 1/2/3

雨の夜だった。
夜空の月は雲でその姿を隠し、地上は真っ黒な闇だけが漂う。
まるで厚い幕に包まれたように夜のこの世界は静かだった。
もし誰かがその静寂さの中で剣を振るうのなら、耳が裂かれるような悲鳴があふれ出そうな静けさだった。
エドウィンとタスカーはローブを被ったまま雨に打たれながらトリアン牧場の町の入口に着いた。
町では雨の音が聞こえてくるだけで、どこにも人の気配が感じられなかった。
だが、家の中からは黄色い明かりが漏れていた。
二人は濡れたローブやカバンの重さで疲れた体で騒がしい声が漏れてくる宿の前に立った。
エドウィンが右手でローブをたくし上げ、タスカーの方を見た。
彼女の茶色の瞳から疲れが感じられた。

「今日はここで泊まりましょう」

タスカーは安そうな古い宿の建物を眺めながらうなずいた。

「今日は馬小屋でも眠れそうな気がするわ」

彼女も非常に疲れていたため、早く食事をとって横になりたいらしい。
二人はローブの帽子を脱いで宿の入口へ入った。
室内は客で込んでいた。エドウィンが予約を取っている間、タスカーは空いているテーブルに座った。
1階の食堂には色んな種族が、周りをまったく気にもせず、それぞれの話しに夢中になっていてうるさいほどだ。
一番奥に座っていたハーフリングの町の住民らは商人達と共にギターを弾き、歌を歌い、冒険者らは興奮した顔で、自分の冒険談を大げさに話していた。
幾つかの集団のうち、一番目立つ集団は店の暗い片隅で、険しい空気をかもし出しているハーフリングのグループだった。
彼らが何の話を交わしているかは分からないが、強いビールを飲みながらくすくす笑っていた。
タスカーは彼らの方に少しの間視線を送り、食べ物の注文のために来たハーフリングの少女の方を見た。
部屋の予約を済ませたエドウィンは、タスカーの向こうのイスに座ってローブを脱いでいた。

「暖かいスープとパン2個、チーズも少し、あ、お水もね、そして…ニンジンサラダも!」

エドウィンはニンジンの注文に驚いたが、タスカーはにっこりと笑うだけだった。
彼は、自分は彼女に勝てないということに気付き、溜息をついた。
騎士団から追放されたことになったが、それでも聖騎士である自分がこんな小さい女性に負けていることが情けなかった。

「溜息付かないで、大人の言うことを聞いて損することはないわ」

タスカーが睨みつけてきて、エドウィンは溜息を飲み込んだ。
その時、隣のテーブルから濁った男の声が聞こえてきた。彼らはヒューマンの商人だった。

「おめぇ、あの噂聞いたか」

目が垂れて帽子を耳まで被ったケンは向こうに座っているショーンに聞いた。
ショーンという男は頬が赤っぽくて顎にひげが生えた男だった。

「何の噂だ???」

彼は別に興味を示さず、応えた。

「驚くなよ、それがさ、実はグラット要塞が襲われたそうだよ。」

ケンが真剣な顔でショーンの驚くことを期待していたが、ショーンは鼻で笑ってしまった。

「ケン、それは誰でも知ってることだろう?もう何ヶ月前のことを、そんなに自慢げに言えるのかよ」

ケンはショーンの言葉に不機嫌になり、テーブルをトーンと叩いて、大声を上げた。

「じゃ、これは知ってるか。神がこの大陸を抹殺させようとしてることは!」

ケンの話しに、ざわざわうるさかったハーフリングの町の宿が急に静かになった。

彼は自分が軽率なことを言ったことに気付き、とぼけようとした。

「まあ、単なる噂かもしれないけどさ…」

だが、宿の食堂にはもう不安な空気が漂い始めた。
エドウィンはグラット要塞についての話しが聞こえた瞬間、固まってしまった。
彼は、その日、自分の目で見た光景をまだ忘れられないでいる。
たぶん一生忘れられないだろうと思ってはいた。
胸に穴が開いたまま神殿に首を吊られていた、モンスターになり、お互いに攻撃しあう兵士達の姿はまだ頭の中で生き生きとしていて、それを思い出すたびに彼の心臓は苦しさを感じた。
エドウィンはその苦しさのあまりに唇を噛んだ。
それをみていたタスカーが彼の手を握りながら言った。

「苦しい時も自分は一人じゃないってことを思い出して」

「タスカー…」

エドウィンは元気のない微笑みを顔に浮かべた。


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