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第六章 嵐の前夜 第10話-1 09.06.03
 

「オルネラ、どこ行っていたの?」

 

ジェニスがそう聞いたが、幼い娘は何も言わずに、

自分の前に置かれた料理をもくもくと食べるだけだった。

そんな子供をしばらく見つめたジェニスはため息をついて、

聞こえるような、聞こえないような声で言った。

 

「オルネラは自ら口を閉じてしまったわ。精神的なショックが大きかったみたい」

 

「なにがあったんですか?」

 

ジェニスは一層小さい声で言った。

 

「まだ子供なのに…両親を亡くしたのよ。目の前で…」

 

急にガシャンと音がなってジェニスの言葉が途切れた。

ジェニスとトリアンはびっくりして音がなった方へ振り向いた。

オルネラが空になった皿を落として立ちつくしていた。

ジェニスは急いで椅子から立つと、オルネラに近付いて彼女を抱き上げた。

 

「大丈夫?オルネラ。

お皿を洗い桶に置こうとしたら手がすべってしまったのね。

大丈夫よ。ママを手伝おうとしてくれたんだね。

割れたお皿は新しい物に替えればいいから、気にしないでね」

 

ジェニスがなだめる間にも、オルネラは固まっているようだった。

オルネラの顔を覗いていたトリアンは彼女の瞳が恐怖で満ちているのに気付いた。

 

「オルネラを寝室に送ってくるから食事をしていてください。

ごめんね。お客さんを一人にさせて…」

 

「いいえ。オルネラをよろしくお願いします」

 

ジェニスはトリアンにもう一度謝ってからオルネラを抱いたまま階段を上った。

トリアンは席から立ってオルネラが割ったお皿を片付けた。

小さい欠片まで綺麗に片付けてから席に着くとジェニスが降りてきた。

 

「お皿はそのままで良かったのに…」

 

「いいえ。一人で食べるより一緒に食べたほうが楽しいですし、

待っている間、暇だったので片付けてしまいました」

 

「ありがとう。さあ、冷めないうちにどうぞ」

 

トリアンはビスケットにバターを塗りながらオルネラの事を聞いた。

深くため息をついたジェニスが沈んだ声で答えた。

 

「オルネラはライネル川下流辺りの小さい村で暮らしていた子よ。

しかし、オルネラが5歳になった年、その村にモンスター達が襲撃してみんな命を落としたの。

その村の唯一の生存者がオルネラよ。

私が発見した時にはモンスターにめった刺しにされたお母さんの遺体のそばに座っていたわ。

すぐ隣にはお父さんと思われる男性の遺体もいてね。

本当に酷かったわよ。


血まみれになった女の子が石像のようになって遺体を守っていたから。

私があの子を養女にすると、自ら申し出て連れてきたけれど、

何を聞いても声を出して返事したことがないのよ。

ただ首を縦に振ったり、横に振ったりするだけ。

それだけでなく、痛くても悲鳴すらあげないから」

 

「もしかして、生まれつき口がきけなかったのでは・・・」

 

「それは違う。

治癒師に連れて行ったら、声は問題なく、自らしゃべらなくなったのだと言うの。

心の傷が深すぎてそうなったわけだから、

まず心の傷を治すしか方法はないらしい」

 

トリアンはオルネラが自分とよく似ていると思った。

幼い頃に母親を亡くした事、その母親は自分を守るために犠牲になったという事。

 

「私は運がよかったのかもしれません」

 

ジェニスは不思議そうな顔でトリアンを見つめた。

 

「私もオルネラのようにモンスターに母親が殺されたけれど、

あまりにも幼い時のことで、よく覚えてないから。

私ももう少し大人になっていれば、オルネラみたいに苦しみながら

生きていかなければならなかったでしょう」

 

「そうね…おそらく貴方よりオルネラの事を理解できる人はいないでしょう。

だからなんだけど…」

 

ジェニスは言葉に詰まった。

トリアンをジェニスの手を握りながら言った。

 

「私にオルネラの心の傷を治して欲しいと頼むつもりだったのでしょう」

 

「そうよ…しかし貴方は重要な事で旅をしているみたいだから…」

 

「いいんです。私があの子の心の傷を治してあげたいんです。

実は心の傷の治療は初めてなんだけど…」

 

「貴方なら出来ると信じているよ。

心と心が通じる事より、いい治療法はないのだから」

 

トリアンはジェニスとの食事を終えて、一緒にオルネラの寝室に向かった。

オルネラは眠ってしまったのか、二人が入っても目を閉じたまま動かなかった。

トリアンはオルネラが起きないようにジェニスに囁いた。

 

「まずはオルネラの無意識の世界を覗きます。

深く眠ったようだから簡単に入れるはずです。

念のためなんですけれど…

私が苦しそうだったら私の魔法を破ってください。

そうしたら抜け出せますから」

 

ジェニスは頷いて腰にかけていたワンドを手にした。

トリアンはオルネラのベッドのそばにある椅子に座り、

深呼吸をした後、オルネラの頭に手をかざして目を閉じた。

音を立てずに、心の中で魔法を発動させながらオルネラに精神を集中させた。

その瞬間、自分の体がどこかへ吸い込まれるような感覚がした。

気がつき目を覚ましたら、夕焼けに赤く染まった川が流れているのが見えた。

川辺に幼い子供のシルエットがかすかに見えた。

トリアンはその子に近づいた。

オルネラだった。


今とは違った生き生きした顔で、川辺に咲いた小さい野花を摘んで花冠を作っていた。

驚くことに、オルネラは歌を歌っていた。

ジェニスの言った通りにオルネラはもともと口がきけなかった訳ではなかったのだ。

オルネラは花冠を完成させたら、すっと立ち上がって、どこかへ走り出した。

花冠の大きさがオルネラには大きいところを見ると、

多分誰かのために作ったもののようだった。

 

 

 

第6章10話-2もお楽しみに!
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