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プロローグ 「流星雨」 08.03.12

円形の舞台の半分を囲んでいる7本の柱に、順番に火が灯った。
日が暮れて暗くなっていく空を背景に青く浮かび上がる魔法の光。
やがて、舞台の中心にある魔方陣がかすかに光り始めた。
客席からは低い嘆声の渦が巻き起こり、やがて静まった。
薄暗い照明に合わせたように、舞台の中央に立っている俳優は低い声で呟いていた。
そして徐々にその独白の声は大きくなり、強烈な叫びへと変わった。
それと同時に俳優の足元で舞台を飾っていた魔方陣がまるで光を噴き出すように光った。

両親の間に挟まれおとなしく座っていた幼い少女は周りを見回した。
少女には舞台の上での劇の内容よりは、客席の全エルフが感嘆の息を吐き、
涙を拭く姿の方がもっと興味深かった。
寿命が長く、精神の成長が早いのがエルフという種族の特長だが、芝居の中で
複雑に絡む人物関係や権力の流れなどを理解するには少女はまだ幼かった。
舞台の上で長い独白を行っている俳優が、エルフの文化・芸術の先頭に立つ人物であり、
大陸に住む誰もが彼を知っているほどの有名な俳優兼劇作家であること、
そしてエルフの歴史に刻まれる程の人物であることなど、この少女には何の意味もないことだった。

少し涙ぐんだ目を拭き、両親を見つめていた少女は何気なく空を仰いだ。
いつの間にか空を覆っていた夕焼けは、厚い闇の裾の下にその色を隠し、西の空の端に
かすかな光が残っているだけだった。
その時、尻尾のように長い光が一筋空を横切った。

ぼっーとして空を眺めていた少女は急に息を飲み込んでしまった。それに驚いた少女の母親は
心配そうに少女にささやいた。

 

「どうしたの、リマ?調子でも悪い?」

 

リマは首を横に振り、指で空を指した。客席を詰めていた全エルフの視線が分散し始めた。
観客はもう舞台を見ていなかった。舞台上の俳優もセリフを忘れ、夜空を仰いでいた。

夜空なのにもう暗くはなかった。数十、数百、数千。いや数え切れないほどの光が夜空を
横切り、大地の方へ溢れ落ちていた。誰かがつぶやく。

 

「……流星雨?」

 

リマは思いっきり首を振った。流星ではない、あれは貴い方の壊れた肉体、
最も偉大なる方の散らばった意志。
幼いリマは魂の彼方この真実をどうやって周りの人に伝えればいいのかが分からなかった。

リマのお母さんが微笑みながらリマにささやいた。

 

「本当に綺麗だわ…ね、リマ?」

 

しかし少女の小さな肩は震えていた。母親も父親も、周りの誰も気づいていない。

薄暗い森の中から、陰気な沼から、そして人の足が途絶えた海岸から
その身を動かし始めた奇妙な生き物達。
殺気溢れる怪物の目、見たことのない遥か遠くの平野、そしてその上に散らばっている
数多くの死体。
死にかけている男、泣き喚く女、失った家族を探す子供、悲鳴、血、折れた剣、壊れた鎧……
リマの頭の中に、混沌や闇が溢れるシーンが絶え間なく流れ込んできた。
目をしっかりとつぶっても、その悲惨なシーンは見えてしまう。

青ざめた顔でリマは母親にすがりつき、やがて声をあげて泣き出してしまった。

 

その日は大陸を創造した主神であり、全ての生みの親である「オン」がその意思や魂を失い、
消滅してしまった日だった。
そして後日、エルフの国「ヴィア・マレア」の大神官、そして女王となるリマ・ドルシルが始めて
自分の能力に自覚した日でもあった。
 

 

「第一章 救援の重さ」もお楽しみに!
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第一章 救援の重さ 第1話 [158]
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