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第一章 救援の重さ 第5話 08.04.09
 
ナトゥーは自分がジャイアントという事に誇りを持っていた。
また、自分が優れた戦士の1人として認められている事に誇りを持っていた。
そんな彼にとって、ダークエルフという異種族はとても奇妙で、
気まずさまで感じられた。

形容詞をたくさん使う言葉遣いや派手な服装はともかく、
ダークエルフ男性の女っぽい仕草は見ていられない。
彼らの手の動きはジャイアントの女性よりもなまめかしく見える。
 
そんなナトゥーだからダークエルフ使者団の護衛という仕事には不満が多かった。
そんな事より、危険な戦場で生き残るために剣を振るい、
敵を倒し続ける方が彼の性に合う仕事だった。

しかし、首都エトンの戦士会から任せられた任務を拒否する権利は彼にない。
特に、もうダークエルフの使者団と合流後のこの状況では。
 
使者団は予想より小規模だった。
高飛車で偉そうに振舞うダークエルフの女性を中心に、護衛役の若い男性5人。
 
ナトゥーやクレムの部隊が配置されていた戦線の近くで彼らと合流し、
二日ぐらい一緒に移動しているうちに、
少しずつダークエルフの顔立ちになれてきた。

ダークエルフはジャイアントとは少し距離を置き、
必要以上に親しくならないようにしているらしかったが、
その中の若い1人は、ジャイアントという種族を始めて見たらしく、
興味を惹かれている様子だった。

彼は傍目にも分かるほどジャイアントを観察していて、目が合うと、にこりと笑った。
そんな柔らかい態度になれていないジャイアントの戦士達は、
その若いダークエルフ青年の行動にどう反応すればいいのか分からず困っていた。
 
使者団を護衛し始めてから3日が経った日、
泊まっていたキャンプから出発してから間もなく、
ナトゥーはクレムに近づいてこう言った。
 
「ちょっと先に行って状況を見てくる」
 
「先発隊との連絡を君がやる必要はないだろう、下の者を送れよ」
 
「いや、俺が行く」

クレムは顔を顰めた。
ナトゥーはクレムが反論のために適当な言葉を探している間に、
ライノに乗って先へと進んだ。

ナトゥーはダークエルフの態度を気まずく感じていて、
彼らと話すことさえ避けたかったのだ。
それでダークエルフと一緒にいる時間を減らすために、
先発隊の状況を見る、という口実で 使者団との距離を開けていた。
 
クレムはそんなナトゥーを不満に思っていたが、
指摘するタイミングをずっと逃していたし、
クレムの気持に気付いていたのであえて黙っていた。
 
使者団から離れて先方を走っていたナトゥーは急に手綱を引いて速度を落とした。
誰かが自分の後ろを追いかけてきている。
まさか…クレムがうるさく小言を言うだけのために、
ここまで追いかけてくるはずはない。

振り向くと、思ってもいなかった顔が見えた。
ナトゥーを追いかけてきたのはダークエルフ使者団の1人、
好奇心旺盛なあの若い青年だった。

彼は全速力で追いかけてきたせいか、短い距離だったにも関わらず息が荒い。
白い息が彼の口から冷たい空気の中に広がり、すぐ消えた。

「すごく早いですね、追いかけるの、けっこう大変でしたよ。」

好意溢れる微笑を浮かべるダークエルフ青年を、
ナトゥーは眦を吊り上げ睨むように眺めた。

ナトゥーは愛想悪い言い方で答えた。
 
「危険だから戻って早く一行と合流するんだ。」

「あなたは確か、ナトゥーっていう名前でしたよね?
ジャイアントの国でも有名な戦士ってお聞きしました。
あなたと一緒なら危険じゃないですよね?」

「戻れと言ったはずだ」

「あなたを信じてますから」

ナトゥーがいくら険しい表情で言っても、
のれんに腕押しといった態でその青年は微笑むのみ。
 
ナトゥーはため息をついて、ゆっくりとヒポグリフを歩かせた。
兵士達が先発隊としてモンスターを倒しながら道を作っているから、
危険なことが起きる可能性はほぼ無いはずだった。
 
ダークエルフの青年はナトゥーの隣に並びヒポグリフの手綱を握った。
青年が身に纏っている厚いコートや、
彼の顔を半分程隠している帽子が相当な高級品であることは、ナトゥーにも分かった。

‘護衛員のくせにおめかしか?
…ったく、ダークエルフっていう奴らは…‘

ナトゥーの視線を感じたのか、
青年はナトゥーの方を見て、またにっこりと笑った。
 
「そういえば、自己紹介していませんでしたね。
私はフロイオン・アルコンといいます。皆フロンって呼ぶけどね」

長い名前をわざわざ付け、そのわりにそれを略して呼ぶのは、
ジャイアントにとって慣れない文化だった。

‘どうせ短くして呼ぶのなら、最初から長い名前なんか付けるなよ‘
 
フロンと呼ばれるその青年は、
何かの反応を待っているように横目でナトゥーを見つめながら、
顎を撫でたり毛の付いた帽子を被りなおしたりした。

それでも無反応のナトゥーに彼はがっかりしたようで、
それからは周辺の風景を眺めていた。

諦めの早い性格なのか、
もしくはナトゥーも何回か経験したダークエルフ特有の見栄張りなのかもしれない。
 
「ここってすごく寒いですね。
あなた達ジャイアントはそんな格好で、寒くないのかな?」
 
「…慣れているから」

フロンには薄い服装のナトゥーが不思議に思えたが、
ナトゥーには毛皮を身にまとい暑く重苦しそうなダークエルフの格好が
馬鹿らしく思えた。

ロハン大陸南方出身のダークエルフに、
ジャイアントの領地である北の地域の寒さは耐えられない。
 
そういった違いだけでなく、両種族はあまりにも違う。
なのに、どうしてダークエルフは俺達ジャイアントと手を組む気になったのか
…とナトゥーは思った。

「私たち使者団がドラットを訪問する理由は何なのかご存知ですか?」

フロンの急な質問に、ナトゥーは自分の考えていたことが読まれたような気がした。
不快さを感じて彼を睨んだが、
フロンは依然と柔らかい微笑を浮かべていた。

「私達、ダークエルフはあなた達を北方の未開種族と呼んでいます。
たぶん、あなた達ジャイアントも似たような汚い言葉で私達を呼んでいるのでしょうね。」

事実だった。
しかもダークエルフが呼ぶ北方の未開種族という表現より、
ジャイアントがダークエルフを呼ぶ言葉はもっと汚い俗語である。
子供や女性の前では口に出す事もできない表現だった。

その言葉が頭の中に浮かんできて、ナトゥーは少し困った気分になり頭を掻いた。
 
フロンは顔色ひとつ変えずに話を続けた。

「しかし、私達とあなた達ジャイアントには共通するところがあるんです、
すごく大事な共通点が」

「共通するところ?」

「嫉妬からの憎悪、そしてドラゴン消滅以来、
この大陸を手に入れようとするヒューマンへの憎悪、そして…」

フロンは言う必要ないことまで喋ってしまった、
というように舌を打ち、そのまま黙ってしまった。

ナトゥーはフロンをまっすぐな目で凝視しながら言った。

「ダークエルフとは、国家間の秘密協定のように重大な事も、
護衛役の者にまでしゃべるようだな」
 
フロンの目が、まるでいたずらを企んでいる少年のように光った。
彼は馬の向きを変えて、どこか分からない方へ適当に手を振った。
 
「やっぱり仲間がいるところに戻りましょう、
寒くてきついですしね」

フロンはナトゥーに止める間も与えず、自分の仲間の方へ馬を走らせた。

ナトゥーは身勝手なダークエルフ青年に不快さを感じるより先に
あきれてしまい、肩をすくめた。
第6話もお楽しみに!
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