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| 騎士団の詰め所のホール前で肩を握ってきた冷たい手。 その手はハウトの手だった。
 胸に穴を開け、死んでいたハウトが立ち上がりエドウィンの肩を握り締める。
 
 しかし彼はもうエドウィンが知っていた頃の同僚ではなかった。
 何かの力が魂の抜けた彼の遺体を操っているだけだった。
 ハウトの片手が腰にさしていた剣を握ろうとした瞬間、
 エドウィンは反射的に剣を抜いた。
 
 そして目の前で起きた恐ろしい事態に怯えながらも、
 自分の肩を握っている腕を切り取るために剣を振るった。
 
 動く死体は片方の腕を切られても倒れない。
 そして残っているもう片方の腕を伸ばし、エドウィンに向かって近づいてきた。
 
 エドウィンはすぐその意味に気付いた。
 騎士団のホールに彼を追い込もうとしているのだ。
 
 エドウィンは横目でホールの奥を見た。
 神の姿をした存在の視線が彼の方に届いた。
 目が合った時間はつかの間だったが、
 まるで永遠のように長くて、ぞっとする瞬間だった。
 
 神の姿をしているくせに、目は憎悪や殺意に燃えているではないか!
 
 …なぜだ?
 ヒューマンの神ロハの姿をして、何故俺たちを憎んでいるのか。
 
 ロハの姿をした存在が軽く顎で合図をし、跪いていた騎士達が起き上がった。
 エドウィンには見慣れた顔の彼らが冷たい表情で一斉に剣を抜いた。
 ロハの姿をした存在の声が、頭の中に流れてくる。
 
 「我々の仲間になるか?それともここで死ぬか?」
 
 騎士達はエドウィンに向かって徐々に近づいてきた。
 見慣れた顔であるが、意志をなくした虚ろな表情を浮かべているため、
 一度も見たことのない知らない人であるかのように感じた。
 
 エドウィンはすぐ近くまで寄ってきたハウトの手を振り切った。
 だんだん近づいてくる仲間だった者達の手を避け、騎士団の玄関まで走ったとき、
 手を触れなかったにも関わらずドアが開いた。
 
 ドアの外はおかしなほど暗かった。台風が吹く直前のように空は雲で覆われていた。
 そしてかすかな光を背に浴びながら1人立っているものがいる。
 胸に大きな穴が開き、死んでしまい遺体となった人。
 グラット要塞の総司令官ヴィクトルだった。
 
 彼は表情のない顔で剣を握っていた。
 その目にはロハの姿をした存在と同様、憎悪や殺意が漂っていた・・・
 
 雨の降る音が聞こえてくる。
 エドウィンは溜息を付きながら体を動かしたが、その瞬間強烈な痛みが感じられた。
 
 彼は喉の奥から漏れそうになる叫びを飲み込みながら、無理やり目を開いた。
 最初に目に入ったのは小さなたき火だった。
 そのたき火の周りにある見慣れない石の壁と天井。
 目と喉がちくちくと痛んだ。火をたいてその煙が回りに溜まっているせいだった。
 
 エドウィンから背を向けて座っている人の影が見える。
 その人も煙のせいで、口からせきが漏れていた。
 
 「雨のせいで煙が溜まっちゃうね。」
 
 「だから洞窟の中で火は焚かない方がいいって言ったはずだ。
 火をつけたのは君の方だぞ。」
 
 座っているその人はエドウィンの目が届かないところにいる誰かと会話していた。
 座っているのはへたくそなロハン語でしゃべる女、見えないもう一人は甲高い声の男。
 その二人の声をエドウィンははっきりと覚えていた。
 
 男の方が不満げに言った。
 
 「追われているかもしれないのに、火を焚くのは何故だ?」
 
 「だけど、この人ひどく怪我してるじゃない。」
 
 「手当ては終わったはずだ。
 その坊やも騎士らしいし、鍛えてるから大丈夫だろう。
 愚図愚図している場合じゃないんだ。」
 
 女の抗議は変わらない甲高い声に埋もれてしまった。
 怪我したんだ…騎士…女と奇妙な声。
 
 止まっていた頭が回り始めた。
 彼はばらばらになった記憶をつなぎ始めた。
 
 要塞の神殿にぶら下がっていた総司令官ヴィクトル、
 おかしくなった騎士達、胸に穴の開いたハウトの遺体。
 
 ホールの中で光っていた存在…ヒューマンの神ロハの姿をしたその存在の、
 憎悪で燃えていた目。
 
 エドウィンは体を起こした。全身に痛みが走る。
 思わず呻き声をあげてしまった。
 座っていた女が驚いてエドウィンの方を見た。
 
 「まだ安静にしていてください。
 治癒魔法を使って手当てしましたけど、まだ痛みは消えていませんから」
 
 心配そうな表情のその女の細い目と長い耳、エルフだった。
 下手なロハン語で自分の意識の中に話しかけたその声。
 トリアン・ファベルという名前だったっけ。
 
 「起きたのか、坊や。思ったより早くないか。」
 
 甲高い声が聞こえた。
 洞窟の入口から入り込んでいる光を背に浴びた影がだんだん近づいて、
 たき火の明かりでその姿を見せた。
 彼はエドウィンが知っているロハン大陸のどの種族とも違う外見の人だった。
 
 「どういうことだ?要塞は?騎士団はどうなったんだ・・・」
 
 「そこで支配されなかったのは君だけだぞ、坊や。」
 
 エルフの女はうつむき、甲高い声の男が応えた。
 哀悼や同情の表情を浮かべるトリアンとは違い、
 その男の顔からは感情が見てとれない。
 
 「だから、君がグラット要塞の唯一の生存者だ。」
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