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第一章 救援の重さ 第10話 08.05.21
 
ヒューマンの国デル・ラゴスに建てられたグラット要塞はヒューマンの誇る自慢の建築物だと聞いていた。
数が急増したモンスターが人間を襲い始め、その防御の要として建てられた要塞だ。
短時間で建てられたにしては堅牢に仕上がったこの要塞を、
ヒューマンは「無敵の要塞」だと誇りに思っていた。

トリアンは自分の目の前でがっくりと肩を落としている若い騎士の気持ちが分かるような気がした。
ヒューマンの象徴の1つがその内側から一気に崩れてしまったのだ。
エルフの誇り高き首都レゲンをモンスターに奪われたように。
グラット要塞に入る前までトリアンはこうなるとは予想さえもしていなかった。

要塞内の状況を見ていたキッシュが口を開き低い声で呟くように言った。

「あの坊やを助けに行くぞ」

「ま、待って。私も行くわ」

キッシュは答えもせずに体を伏せて要塞の方に向かった。
キッシュの後を追って入ったトリアンが見た要塞の状況は悲惨だった。
大勢の兵士の遺体が要塞内に散らばっていた。
狂気にとらわれお互いを憎み、戦いあう兵士達。

トリアンはその暗い気運に体が震えてくるのを感じた。
彼らはお互いへの憎悪感で、まるで周りにあるものが何も見えなくなったようだった。
キッシュは兵士たちが襲ってこないことに気付き、
しばらくその大きな耳を傾け様子を伺った。

そして急いで要塞内のある建物の方に向かった。
トリアンは足元で行く手を遮る死体や、死体から流れてできた血溜まりを避けつつキッシュの後を追った。

半分開かれていた建物のドアをキッシュは押し開けた。
キッシュの後を追って建物に入ったトリアンは眉をひそめた。
キッシュの背中に隠されて前の状況がよく見えなかったトリアンには、
キッシュが誰かの肩を抱いているように見えた。

それが誰なのか気付く間も与えなく、キッシュが特有の甲高い声で叫んだ。
 
「何ぼーっとしてるんだ!何とかしな!お前は魔法師じゃないか!」
 
トリアンは慌ててキッシュの方へ走った。
近づくと、信じられない光景が彼女の目に映った。
ドアの内側で背を向けていた男の体には大きな穴が開いていた。
キッシュは片手でその男の肩を掴み、もう片方の手をその男の体にできた穴を押し入れていた。

トリアンは息を呑み、そして震える声で聞いた。
 
「あ、あなたが、こうしたの?」

穴の中に押し入れたキッシュの腕は、力が入って筋肉が膨れ上がっていた。
彼の腕は男の体を貫通し、その体の持ち主の腕を握り締めていた。
男が手に持った剣を使えないようにしていたのだ。
その男の背中や開いた穴を見て立ち尽くしていたトリアンにキッシュは怒りがこもった甲高い声で話していた。

神がどうだ、モンスターがどうだ、死体がどうだ…半分は汚い言葉が占めるその叫びには
トリアンに向かっての悪口も混じっていた。
バカなエルフの女だ、この男は既に死んでいた、エルフの大神官も人を見る目がない等々。

だが、それらの話はトリアンの耳に入らず通り過ぎるだけだった。
トリアンはヒューマンの男の背中に開いた穴やキッシュの腕で隠されて狭くなった視野から
覗き見えるヒューマンの青年に集中していた。

自分の胸を押さえている彼の両手は血だらけだった。
怯えている、そして混乱している顔。今の状況を信じられないと言わんばかりの表情。

そのヒューマンの青年と目が合ったとき、トリアンは彼が何とつぶやいているかが分かった。

「全ての父なるオンよ。ヒューマンを見下ろすロハよ…
この悪夢から目覚めさせてください。どうか、夢から覚めますように…」

急に怒りの感情が湧いてきた。
トリアンは歯を食いしばり、両手を合わせて呪文を唱えた。
夢じゃない。ただの悪夢であってほしいと私も願ってるけど、もうこれが現実なのよ!

あなたが助けを求めるその神の一柱とてあなたを助けてくれるものはないよ!!
キッシュとトリアンはそのヒューマンの青年を連れて、
動いている死体で占められた要塞からようやく抜け出すことができた。

そして追っ手から逃れるために洞窟の中に身を隠した。
グラット要塞での事件と同時に何故か急に曇ってきた空から、大粒の雨が降り出した。

トリアン達を保護する雨なのか、それとも壊滅されたグラット要塞のための涙なのか、それは分からない。
トリアンはヒューマンの青年を助ける途中で見た色々な光景を思い出し震えていた。
大きな穴が開いたまま動いている騎士や要塞に散らばっていた死体より怖いもの。
それは神という姿をした憎悪。

トリアンが目撃し、ヒューマンの青年も見たはずのその神は、
ロハン大陸で生きている全生命に対しての憎悪を溢れんばかりに撒き散らしていた。

キッシュはグラット要塞内に偽者の神がいるって言っていた。
偽者の神…でもリマ・ドルシルはそれらが偽者とは言っていない。
ロハン大陸の生命に憎悪を抱いているようだし、
彼らが偽者であったほうがまだましかも知れないが・・・。

「あなた達は・・・誰ですか。エルフと…そして異種族の方が何故この地域まで…」

ヒューマンの青年エドウィンが聞いた。
トリアンは彼の声に自分が現実に戻った気がした。
エドウィンはトリアンとキッシュを凝視した。
彼はデカンには初めて会ったようで、
キッシュを何と呼べばいいのか分からない様子だった。
まるでついこの前までのトリアンのように。

「改めまして紹介します。私はエルフのトリアン・ファベル。
ヴィア・マレアの魔法アカデミーの生徒です。そしてこちらはデカンのキッシュです。」
 
「ああ、エドウィン・バルタソンです。
僕はデル・ラゴスでロハを信じる聖騎士団の一員ですが…」

トリアンの話を聞き自己紹介をしたエドウィンはキッシュの方に目をやった。

「この大陸の父なるオンが自ら創造したドラゴン、その末裔が我々デカンだ。」

キッシュが錆びた金属を擦るような声で説明した。
エドウィンは顔をひそめ、ため息をついた。

「ドラゴンの末裔…って。もうどんな話にも驚く事はないと思います。」

信じられないというような顔だった。
トリアンはエドウィンのその混乱した感情を分からなくもなかった。
第11話もお楽しみに!
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