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第二章 神を失った世界 第5話 08.07.02
 
親友が駆けつけるような歩き方でバラックに入り、クレムは眉をひそめた。
ナトゥーはクレムを睨み付けながら聞いた。

「ダークエルフの使節団が襲われたって?」
 
「そ、生存者が警備隊に知らせに来たんだ、もう生存してはないけど」

「どういうことだ?」

「使節団の使いだったそうだ。怪我をしたが、死んでるふりをして逃げられたそうだ。
フロイオン・アルコン卿も逃げられたようだから探すことを頼んで、
それからすぐ息を引き取った。
捜索隊を送ってフロイオン卿を探してはいるが、まだ特に連絡は入ってない。」


去年の冬、フロイオン・アルコンは神殿前の広場でナトゥーにこう言った。

『遅かろうが早かろうが、この大陸は戦争に巻きこまれるでしょう…
いずれ私達はモンスターにではなく、
お互いに向かって剣を振るうことになるかもしれません…』


その時のことを思い出したナトゥーは顔の表情を崩した。

「襲った奴らの正体は?」
 
「死んだ使節団の使いは、暗くてあまりにもいきなりだったから
誰なのか分からなかったって言ってた。
そいつらはヒューマンの言葉と同じような言葉を使ってたという情報ぐらいかな」

「逃げたフロイオン・アルコンを探さないと奴らの正体は特定できないっていうことか。」

二人はほぼ同時に長い溜息をついた。
国境の近くで起きた事件ではあるが、ジャイアントの国ドラット内で起きたことだ。
襲撃に対応できなかった警備の不備への責任はジャイアントが取らなければならない。
この地域の警備責任者のクレムはむしゃくしゃしてきて、頭をがりがり掻いた。

「困ったことになったな…フロイオン・アルコン卿だけでも無事じゃないと」

「心配ばっかりしている場合じゃないんだ」

ナトゥーは入った時と同じぐらいの早さでバラックの入口の方へ歩いた。
ドアとして入口に垂れてある厚い毛皮を手で持ち上げ、彼は言った。

「こっちの兵士を動員して捜索隊を増やそう。
そのダークエルフの貴族を探すのが急務だな、何よりも」

ナトゥーがバラックを出たから、クレムが悲観的に呟いた。

「…追っ手に見つからずに生きている場合のことだ」
 
イグニスの国王の腹違いの弟として生まれ、
苦労することなんかまったく経験もない人だろう。
そんな彼が追っ手から逃げられたとは思えない。
もし追っ手に見つかってもう殺されたなら?
その場合はクレムが送った捜索隊と、
ナトゥーが入っている捜索隊が彼の遺体を見つけただろう。

フロイオン・アルコンがまだ見つかってない理由に対して
ナトゥーが考えられるのは2つだった。
1つは彼がひどい怪我をして捜索隊に助けを求められない状態であること、
もう1つは追っ手の目的がダークエルフ使節団の中心となる
フロイオン・アルコンの誘拐であること。

ダークエルフ使節団のキャンプは妙に乱れた様子が無く、ぞっとするほどだった。
たき火の跡があるキャンプの中央には護衛兵3人の遺体が倒れていた。
後ろから近づいてきて首をやられ即死したようだった。
悲鳴や警告の声さえ出せなかったのだろう。

その他にも襲われたキャンプだとは思えないぐらい乱れていないものがいくつかある。
1つ例外なのは、キャンプの中央から一番離れたところのテント。
布を立てる柱が倒れそうになっていて、
たぶん襲撃者に対する激しい抵抗があったと思われた。
それだけではなく、テントには誰かの血痕も付いている。

ナトゥーはテントの中を覗いてみた。
テントに血をつけた本人だと思われる人の遺体が倒れたテントの下敷きになっていた。
顔をみると見慣れた顔だった。

ダークエルフ使節団の中の1人だった、貴族と思われたその女性。
細めの首には見ていられないほど深い傷を負っていた。
その傷を負った瞬間の苦痛がどれほどだったのかは、
血がついた顔の表情からすぐ分かった。

「何か証拠などございましたか、クレム様の命令で一応ここを調べたのですが、
襲った奴らの正体が分かる証拠は見つかりませんでした」

後から声が聞こえていて振り向いたらクレムの部下の1人だった。
捜索隊の1つのチームのリーダーだった。

その不満そうな声はたぶん、自分が警備を担当している地域で
こんなことが起きてしまったこと、正体が分からない新しい敵への恐怖、
ナトゥーが急に捜索隊に合流したことへの不満などから来るだろう。
ナトゥーは応えようとせずに、ダークエルフの女性に首の傷をじっくり見た。

「深さを見ると、短い刃の剣かもしれんが、切られた傷の形がちょっとおかしいな」

彼は起き上がってテントから出た。
太陽は西の方で暮れかけていた。
夜になるとフロイオン・アルコンを捜索してから2日も経つことになる。
…彼を探すことができるだろうか。
 
『先に動き出す者が勝つのです。
そして私達は先に動くつもりです。
誰よりも先に…ただ、勝利のために』

ナトゥーはフロンがこう言っていたことを思い出した。
そう言ったあなたより先に動いた者は一体誰だ。
誰があなた達を襲ったんだ?
答えを探せることはできなく、ナトゥーはいつものように表情をしかめるだけだった。
「第三章 因果の輪」もお楽しみに!
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