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第四章 隠された真実 第7話 08.10.08
 
「ありがとうございました」

エドウィンは、気を失ったままベッドで横になっているタスカーを見てカエールに御礼を言った。
息子の遺体を目撃した直後、彼女はそのまま気を失った。
エドウィンはカエールと一緒にタスカーを近くのプリア町に運んだ。
町の人々は聖騎士の服装をしたエドウィンやハーフエルフを見て少し戸惑っていたが、
気絶しているハーフリングのタスカーを見てすぐ休む場所を提供してくれた。

「やるべきことをやっただけさ。
ところで、いつかはまた会えるかもって思ってはいたけどさ、
こんなに早く会えるなんて、まさに偶然だな」

「僕を…知ってるんですか」

「この前トリアン牧場近くの宿で会ったんだ。
聖騎士のくせに、神への不信でいっぱいだったからよーく覚えているのさ」

エドウィンはやっと、この男が誰なのかを思い出した。
神はこの大陸を捨てたと言っていたハーフエルフ。

「もう名前ぐらい教えた方がいいかもな。
俺はカエール・ダートン。そっちは?」

「エドウィン・バルタソンです」

カエールは自分の顎を撫でながらうなずいた。
そしてエドウィンの肩越しの方を指して聞いた。

「ところであいつは誰だ? このハーフリングの女は前一緒にいたところを見たけど、
あのダークエルフは?」

「分かりません、この近くを通っていたところ、
爆発しているような光を目撃して行ってみたら、この人がアサシンに囲まれていたんです。
まるで…自分の体中のエネルギーを全部燃やそうとしているように、魔法光を発していました。」

「おや、聖騎士殿が危険な目に遭っている者と助けようとしたんだな」
 
カエールの冷ややかな言い方にエドウィンはムッとなった。

「危険な目に遭っている人を助けるのは当たり前です。
あなたも僕達が危険な状況だったから助けてくれたんじゃないですか」

「さっきも言ったけど、俺は、俺がやるべきことをやっただけだ。
俺はハーフリングに雇われた傭兵だし、目の前にいたハーフリングに
何かトラブルが生じたら、後で俺がその責任を問われるかもだから関わっただけさ。
俺がお前だったら知らん振りして通り過ぎただろう。
俺とは関係ないことだし、勝てる確率もないからな。
敵は5人だったし、剣を使えるのはお前だけだろう?
もし俺が助けなかったら、お前もあのダークエルフやハーフリングの女も全員殺されてたさ」

「あなたの話にも一理あります。
だけど知らん振りして通り過ぎたら?
その後あなたは気楽に過ごせると思いますか?」

エドウィンのダークブルーの瞳が、冬の空のような灰色をしたカエールの瞳をまっすぐ見つめた。
さっきまでは、冷ややかな笑いを浮かべた目でエドウィンを見つめていた
カエールの顔に影がかかり始めた。
2人の間で流れる重たい沈黙を破ったのはカエールの低い声だった。

「罪悪感を抱けるのも、生き残れたからこそだぞ」

「だけど、」

エドウィンがカエールに反論しようとした瞬間、部屋のドアが開き、
そばかすの少女と長くて白いひげをお腹の辺りまで伸ばした老人が入ってきた。
老人は白い眉毛を動かしながらエドウィンやカエールに不満そうに言った。

「けが人を前にして、そんな話をしてる場合か?
二人とも他人への思いやりなんかまったくないようだな。
これからはワシがこの二人を看病するから、君達は食事でもして休んでくれ。
リオナ、この二人をビッキーの宿に案内してあげな」

リオナという名前の少女はうなずいて部屋を出た。
エドウィンとカエールに付いてくるようにと、手を振った。
エドウィンは少し戸惑い、タスカーやひげ爺の両方を見つめた。

「おいおい、俺は医者だぞ。エルフみたいに魔法は使えないけど、
自然が恵んだ薬草などには詳しいから心配することはないんだ」

老人は嫌というようにエドウィンを部屋の外に追い出し、ドアを閉めた。
部屋の外でリオナやカエールがエドウィンを待っていた。
追い出されたエドウィンを見てリオナはクスクスと笑う。

「心配しないで。グスタフ爺ちゃんは患者には優しいから」

エドウィンは短くため息をつき、リオナの後を追った。
家の外に出たら、太陽は西の山の裏にその姿を半分隠していた。
この町に入ったときは警戒の視線を送っていたハーフリング達からは、
もう好奇心に溢れた目で見られている。子供の中には手を振ってくる子もいた。
この町に来てハーフリングに会ってみたら、タスカーのあの優しくて明るい性格が
どこから来たのか分かる気がする。

「ここがビッキーおばさんの宿なの。最近冒険者がたくさん泊まってるけど、
今日は幸い空いてる部屋があるっていうの。
カエールさんもここで食事でもしてから泊まってるとこに帰ったら?」

「うん、そうするさ。この町も久しぶりに来たから、ゆっくり食事でもしようか。
明日からはまた忙しくなりそうだからな。
リオナも一緒に食べような、聞きたいこともあるし」
 
リオナは宿の玄関のドアを開けて奥へ入った。
エドウィンやカエールも後を追って宿の中に入り、隅っこにある丸いテーブルの前に座った。
リオナは人々の間を通り過ぎて、大きな釜の中をヘラでかき回している女に話しかけた。
エドウィンとカエールを指差しながら何かを言っているようだったが、
周りがうるさくてエドウィン達のところまでは聞こえてこない。

「あの子は…確かヒューマンらしいが、何でハーフリングの町に?
旅しているようでもないですが」

「リオナはディンというハーフリングの孫だ。
ディンは13年前に森の中に捨てられていたヒューマンの赤ん坊を見つけて、
リオナって言う名前まで付けて自分の孫として育てたんだ。
皆結婚もしていない人が孫なんてあり得ないって笑うだけだったし、
ハーフリングがヒューマンの子を育てられるか心配もしたのさ。
でも今はここの皆はリオナをハーフリングだと思ってるし、リオナも自分をハーフリングだと思ってるよ。
外見はヒューマンだけど、性格とか考え方はハーフリングと同じなのさ」

リオナの方に視線をやりながら話しを続いていたカエールがエドウィンの方を向いた。

[そういえば、ヒューマンは残酷な種族さ。同じヒューマンの赤ん坊を捨てるなんてな。
ハーフエルフがアインホルンから離れてカイノンに定着したのはしょうがないことなのさ。
そう思わないか、聖騎士殿」

カエールの口から出た聖騎士という言葉には特に感情がこもっているようだった。
エドウィンはリオナの親がモンスターに襲われて、子供だけ残して死んだかもしれないと
反論しようとしたが、リオナが近づいてくるのを見てやめた。

「何の話? あっちからもカエールさんの目が光ってるのが見えたよ」

リオナはカエールとエドウィンの間に座りながら聞いた。

「大した話じゃないさ。この宿のキノコシチューが驚くほど美味しいっていう話さ」

リオナはあいづちを打つように拍手した。

「そうでしょう? ビッキーおばさんのキノコシチューはこの町で最高に美味しいの」

「そうさそうさ、たぶんこの地域で最高だよ。
この近くの、いくつかの町で色んな食べ物を食べてみたけど、
ビッキーのキノコシチューが最高に美味しかったのさ」

リオナは面白いって表情で笑いを漏らした。

「ビッキーおばさんが聞いたら喜ぶね。えー? あのカエールのやつがそう言ったのかい? って」

リオナは目を大きくし、びっくりした顔で大げさに言った。
ビッキーという女の真似なのかってエドウィンはただ見ていた。

カエールの話のとおり、リオナはヒューマンよりはハーフリングに近かった。
もしリオナが普通のヒューマンの少女のように育ったらどうだったんだろう。
もし貴族の家で生まれたなら、高級なシルクドレスを身にまとって楽器の演奏や刺繍などを
習っていたかもしれない。
普通の家庭だったら綿のワンピースやエプロンを着てパンを焼いたりしていたんだろう…
それが14歳ヒューマンの日常の姿。

リオナはひざ下まで来る長さのズボンに黄色い上着、そして粗悪な革のブーツ。
髪が短かったら男の子に勘違いされるだろう。
だが、リオナからはハーフエルフの冷たい印象の影すらなかった。
日差しに輝くつぼみのように、彼女の顔は明るく、輝いていた。
親から捨てられ、異種族の手で育てられたヒューマンだとは思えないぐらいだった。

「そうなんだ、その中のハーフリングがタスカーさんの息子だったんだね」

カエールとリオナは話題を変えてタスカーの息子、エミルの話をしている。
リオナは本当にタスカーを心配しているようだった。
エドウィンはエミルの遺体を直接見てはいなかった。
遺体の中から息子を見つけたタスカーが気を失い、急いで彼女をここに連れて
こなければならなかったから、誰がエミルなのか確認していない。
日が昇ったら、タスカーの代わりにエミルの遺体を埋めなきゃ。

「そうらしいんだ。だけど何故その子達が殺されたのかわかんないんだ。
年齢も違うし、種族もバラバラ。種族間の戦いでもなさそうだしな…。
共通してるのは、白い頭巾の付いたマントをまとっていたことかな?」

「もしかして、腰に太い綱を巻いていなかった?」

リオナが聞いた。その質問にカエールはその時を思い出すように沈黙した。
そしてすぐうなずいた。

「その子達、ラウケ神団なの」
第8話もお楽しみに!
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