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第四章 隠された真実 第10話 -2 08.11.05
 
「自決で失敗した任務と仲間の死に対する責任を取れ」

死で責任を取れというセリノンの言葉に、ライはその時まで腕にめり込んでいた
カエールの矢をとり出して、腰に付けられていた短刀を取り出す。
矢の傷跡から流れ出す血はライの腕から短刀の刃を浸して地面に落ちる。
クニスは相変わらず何の関心も無いようにライの行動を見つめるだけだった。

少し深呼吸したライは両手で短刀を握り、腕を伸ばす。
自分の心臓を向けて刃を刺し込もうとしたその瞬間、
一人の女性の声が頭の中に響く。

「黒蝶を召喚して下さい」

セリノンはライを止めさせ、懐から小さな鏡を出して地面に置いた。
鏡が夜空の月を映し、揺れ始めた。鏡に映る月から光が放たれ、
ややあってその光の中に人の姿が現れた。
光が消えてシルエットは黒いシルクのドレスを着たダークエルフに変わった。
肩に垂らした黒いウェーブヘアーの間で蝶のタトゥーがそっと見えてきた。
アクアマリンの瞳の彼女がセリノンに向かって優雅に挨拶する。

「ジャドール様自らここまでお越しとは、何のご用で?」

ジャドールと呼ばれたダークエルフは自分の足元に置かれた鏡を拾い、
セリノンに渡しながら答える。

「今頃は完遂したという知らせが届くはずなのに
何のたよりも無かったゆえ、直接来てみました」

「それはすまないことをした」

セリノンの答えにジャドールは案外だという顔をする。

「失敗したということですか?」

「一人逃げましてね」

クニスが何心無いように答えた。

「誰なのです?」

セリノンはしばらくためらってから控えめに言う。

「フロイオン・アルコン卿です」

ジャドールの顔の色が変わった。
誰が見ても彼女が非常に怒っていることが分かった。

「フロイオン・アルコン卿がまだ生きているというのですか?」

「申し訳ありません」

「信じられませんわね。最高の暗殺団だと聞いていたのに… どういうことです?」

セリノンはライのミスでフロイオン・アルコンが逃げ出した後、
今まで追撃してやっと任務を全うしようとした瞬間に現れた
ヒューマンの聖騎士とハーフリング、そしてハーフリングに雇われた
ハーフエルフの傭兵の妨害で作戦が失敗したことを説明した。

「こちらも仲間が二人も失う大打撃を受けた状態です」

セリノンの説明が終わるとジャドールは右側に立っているライを見つめながら問う。

「貴方の目標がフロイオン・アルコン卿でしたか?」

「はい、さようでございます」

「ライは任務の失敗と仲間の死に対する責任を持って自決するつもりです」

セリノンがライの言葉を切って割り込んだ。

「死で責任を取るとのことですか?」

ライに視線を向けたままジャドールはセリノンに聞く。

「シャドーウォーカーのルールです」

「ふうん…」

しばらく何も言わずにライを見つめていたジャドールが顔を巡らしてセリノンを眺めながら言う。

「フロイオン・アルコン卿は今どこに?」

「我々が最後に見たときに、彼は意識をなくしていました。
それに長い追撃によって疲れ果てましたので、
多分近くのハーフリングの村に保護されていると思われます」

「ではこうしましょう」

ジャドールはライを指差しながら話を続けた。

「彼女が今宵任務を全うしたら許してあげるということで」

セリノンは戸惑った。
任務に失敗したアサシンが死で責任を取ることはシャドーウォーカーの古くからの決めごとで、
リーダーである自分さえも避けられない原則だった。
しかし、今は任務の雇い主が例外を提案している。

「しかしまた失敗を犯したら?」

「もちろん最後のチャンスでも失敗してしまったら、
貴方たちのルールに従うべきでしょう」

クニスの質問からセリノンがためらう理由を察知したジャドールが
とうぜんだというように答える。

「分かりました。ライにもう一回チャンスを与えましょう。
ライ、よく聞いてね、最後のチャンスを与えましょう。
フロイオン・アルコンを始末するのだ。確実にね」

ライが頷いてすぐ発とうとしたら、ジャドールがライを呼び止める。

「そんなに傷だらけでは失敗の可能性しか高まりませんわね」

ジャドールが短い呪文を唱えながら自分のスタッフをライの腕に当てると出血が止まった。
ライは不思議そうに怪我した腕を触ってみる。
矢がめり込んでいた傷跡は残っていたものの、出血も無く痛みも消えていた。

「私たちの魔法ではエルフたちのように完璧に治癒することは難しいですが、
しばし痛みを和らげることはできます。
そしてもう一つ」

目を閉じたジャドールがスタッフを握った両手を伸ばして、以前より長い呪文を唱える。
スタッフの先端に埋め込まれていたアクアマリンが輝きながら
長細い煙のようなものが流れ出て、ライの体に絡み始めた。
ジャドールが呪文を終えるまでスタッフから流れ出た輝く煙は
ライの体を覆いながらくるくると回る。
そしてジャドールが呪文を終えて目を開けると、
その煙はライの体に吸い込まれるかのように消えてしまった。
ライは急に自分の体がとても軽くなり、絶えなく湧き上がる力を感じた。

「しばらくだけですが貴方の能力が何十倍も上がる魔法をかけました。
今の貴方はいつよりも素早く強くなったはず。
魔法が消える前に任務をこなして帰ってきて頂戴」

ライはジャドールにお礼をいい、ハーフリングの村に向かって走り出す。
誰が見ても彼女の動きはまるで風のようだった。

「あんな魔法があったのなら予ねてからの作戦時に私たちにも掛けてくれたらどうでしたかね?
だったら任務をこなすのも楽だったはずなのに」

ライの姿が見えなくなったらクニスが愚痴を言った。
ジャドールは優雅に微笑みながら答える。

「確かにあの魔法を借りると任務は楽になるでしょう。
それ以上のことは出来なくなりますけれど」

クニスが理解できないという顔で見つめると、ジャドールは天使のような優しい顔で補足した。

「あの魔法が解けた瞬間、貴方は永遠の深い眠りにつきますからね」
第11話もお楽しみに!
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