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第五章 レクイエム 第6話 09.02.13
 
少年は先立って何処かへ向かっている。
松葉とケイトウの香りを含む風が感じられることからみると
多分ここはどこかの森の中のようだ。
走っていた少年はたびたび後ろを振り向きながら、早く来いと手を振る。
途中で少年の足取りが遅くなった。
彼は生い茂ったやぶを掻き分けながら慎重に進んだ。
少年が振り向きながら言う。

俺が言ったのがこれだよ。

目の前に薄紫色に光る水晶の欠片があった。
聖なる不思議な光の前では心の中のすべての悲しみが消えていくような気がする。
少年は水晶の欠片の上に手を載せながら話した。

触ってみて、ライラック…

ライラック?
私の昔の名前を知っているあなたは誰?

「おい、気がついたか?」

見知らぬ老人の声でライは目を覚ました。
丸木の天井が目の前に見えて、ライは自分が夢を見ていたことに気づいた。

「ほほう、やっと目を覚ましたか。
君がどれぐらい意識を無くしていたか分かっているかい?
十日も寝ていたのだよ」

ライは自分を起こした声が聞こえるほうに顔を巡らした。
腹を隠すくらい長くて白い髭の背の低い老人が自分を見つめていた。
ライは一目で彼がハーフリングということが分かった。

「体はどうだ?
起きられるかい?」

上半身を起こしながら大丈夫だと答えようとしたライは声が出せないことを悟った。
いくら話し出そうとしても声が消えてしまったように口からは何の音も出ない。
戸惑った顔で口を開くと、ハーフリングはライの首を撫で、
口の中をうかがった後舌打ちしながら話した。

「命は助かったが呪いのせいで声が消えてしまったんだな」

`呪い?`

ジャドールが掛けてくれた魔法を思い出した。
あれが呪いだったのか?

「まあ、でも生きていることに感謝しなよ。
あんな酷い呪いは俺の人生の中で始めてだったんだ」

しばらくライを診察した彼はため息を吐く。

「名前を分からないから、なんと呼べばいいか、困ったもんさ。
俺はグスタフだ。ここはブリア村で…
どうやってここまで来たのかは君自身がよく知っているだろうね。
自分の足で入ってきたから」

ライはゆっくり頷いた。
最後のチャンスと握るため、ダークエルフの貴族を殺すため来たけど
誰かに邪魔されて意識をなくしたことを思い出した。
誰なのかははっきりと覚えていないが、とても腕の立つ実力者だった。
ジャドールの魔法によって死ぬところではあったものの、
魔法の効果はとても凄かった。
強い力が体から溢れ出し、体も軽くて動きも風のように早くなった。
それなのにその人は自分のすべての攻撃を防いだ。
普通の自分の実力だったら、きっと彼に殺されたはずだと思うと体がぞっとする。

「君の罪はまあ、いつか君がその代価を払うことになるだろうけど、
今はまだそんな時期じゃないと思うから、気にするなよ」

ライの顔を見たグスタフは、誰か自分を罰するかも知れないと
ライが怯えているとでも思ったらしい。

「誰であれ、俺のところで患者には指一本触れさせないよ。
うむ、大船に乗ったも同然よ!」

グスタフは自分を信じろというように大声で言った。
ライは背の低いハーフリングの老人が自分を助けてあげるというのが
ちょっと可笑しかくて少し微笑んだ。

「笑うほうがよっぽど綺麗じゃないか。
君は寝ていた時も全然寛いでいるようには見えなかったな。
不安で悲しむ表情だけだったよ。
君がどんな人生を生きてきたのかは分からぬが
少なくとも眠っているときには幸せじゃないとな。
人生って苦しいことが多いが、いつもそんな顔だと、
老いてから大変な顔になっちまうよ」

`あなたは… 何も知らないからそういう風に話せるのです…`

ライは口の中で呟いた。
父も無く母と二人だけで過ごしたときが貧乏ではあったものの、
自分にとってはもっとも幸せな時期だった。
その後、自分を襲ったのはすべてが不幸だった。
母は魔女と言われ火刑になり、ディタの父に連れられ到着したパルタルカでは
異邦人だと顔を背けられた。
そんな中でも生きていられたのは母を魔女狩りの犠牲者にした
バルタソン男爵への復讐心があってのことだった。
自分の手であの男を殺す前には
どんなに気楽な環境であれ、自分が寛げるはずが無いと思った。

「それにしても、俺としては最善を尽くしたんだが、
簡単に解けられる呪いではないな。
君に掛けられている呪いを解くためにはあの方の力を借りないと。
最近はここら辺に来ているという噂も聞こえてないがね…」

`あの方?`

質問するようなライの顔をみてグスタフが補足した。

「流浪しながら病者を治してくれる方で、俺たちはあの方を`蒼いマントの医者様`と呼んでいる。
エルフで`ガラシオン`という養子を連れている方だ。
あったことがあるかね?」

ライは首を横に振った。

「とにかくその方が君に掛けられているあの恐ろしい呪いを解いてくれると思うが…
この辺りに来たらと教えてくれと傭兵たちに話しておくよ。
では、君はもうしばし休んでいたまえ。
そう、腹が減ったら隣の果物でも食べておけよ。
宿のビッキーに君が食べられるものでも頼んでおかないとな」

グスタフはいくつか喉にいい食べ物を呟きながら部屋を出た。
ライはグスタフが消えた後もしばらく扉を見つめて、またベッドの上で横になった。
腹が空いたのはどうでもよかった。
これくらい、訓練場ではいつものことだった。
今自分を苦しめているのは、今後のことだった。
フロイオン・アルコンの暗殺は結局失敗してしまった。
グスタフの言うとおり、自分が十日も意識を無くしていたら
セリノンとクニスはパルタルカに戻ったはずだ。
ライが師匠の推薦でシャドーウォーカーに入団した時から
二人はライが異邦人だと言いながら、彼女を無視した。
ライが最後のチャンスを握るため去った後、戻ってこなかったから
心配ところか死んだと決め付けて戻ったはずだ。
今さらフロイオン・アルコンを暗殺してパルタルカに戻ったとしても
誰も受け入れてくれないはずだった。
ダンはそういう種族だから…

`それにそのダークエルフを見つけるすべも無いね…
すでにイグニスに戻ったはずだし`

「やっと目覚めたか」

ライは自分の耳を疑いながら体を起こした。
そして自分が聞き間違えてなかったことを知って身震いをした。
イグニスに戻ったと思ったダークエルフが部屋の中に立っていた。

「あなたには何もしないと医者さんと約束したから心配する必要は無いよ。
いや…心配するほうはむしろこっちかもね。
俺を殺そうとした暗殺者と同じ部屋にいるからさ」

`何が欲しいんだ!`

ライはフロイオンに叫ぼうとしたが、自分の声が出ないということに気づき、唇を噛んだ。
フロイオンはライのベッド辺りにある椅子に座り、それ以上近づかない。

「医者さんが話したとおり声が出ないらしいね。
あなたに聞きたいのは一つしかない。だれが俺を殺そうとしたのかだ。
あなたが何の恨みで俺を殺そうとしたわけではないくらいは分かっている。
あなたたちはヒューマンとは相当似ているが、ヒューマンではないね。
ダンという種族がロハン大陸の北の島に住んでいると聞いたことがある。
暗殺者たちの種族である彼らは自分の姿を隠せる不思議な技が使え、
その技を利用してターゲットを始末するのだそうだが。
一般人にはあまり知られてないかも知れないが、俺は王家の者であり
外交担当なので多種族に関してはそこそこ知っているよ。
誰があなたに俺の殺害を頼んだ?」

フロイオンの言葉にライは頭を横に振った。
暗殺の依頼主の名前を明かさないのは暗殺者にとっては暗黙のルールだった。

「そうくると思ったよ。
プロの暗殺者がそんなことを簡単に吐くはず無いからね。
多分あなたはグスタフさんが言った`蒼いマントの医者`が
あなたの呪いを解いてくれたらすぐこの町を出るつもりだろう。
だが…」

フロイオンはしばらくライを睨みつけて話を続く。

「あの医者だけではあなたに掛けられている呪いは解けないよ。
あれはダークエルフの古代魔法からきた後遺症だからな。
しかも普通の魔法ではなく、禁じられた古代黒魔法の中でももっとも強いものだ。
普通のダークエルフの呪いなら、かの名医と言われるエルフさんが解いてくれるかも知れない。
だけどあなたに掛けられているのは違うね。
いくら優れた治癒力の持ち主であれ、黒魔法の持つ属性とは違うため
呪いを解くには限界がある。
すなわち`蒼いマントの医者`と俺の魔法を合わせないと
あなたの呪いは解除されないということだ」

`信じられない。
この人は嘘をついている`

イはフロイオンが自分を脅すため嘘をついていると考えようとしたが、
心一隅では事実であるかもしれないという気がした。

「取引をしないかということだよ。
あなたの呪いを解くことに協力するから、
俺を殺せと依頼したやつが誰なのかを教えてくれ。
考える時間を与えてあげる。明日の夜、その答えを聞きに来るよ」

フロイオンは自分の話を終わらせて椅子から立ち上がり、
部屋の扉に向かう。
扉の引き手を握りながら囁くような声でフロイオンが呟いた。

「あなたは俺の提案に乗るはずだ」
第7話もお楽しみに!
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