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第六章 嵐の前夜 第12話 09.07.01
 


 

 

 

「何だ?」

 

「ここから消えろ、ジャイアント。二度とイグニスの地に足を踏み入れるな。

お前の王にも伝えろ。うちにはジャイアントの助けなんか必要ないと」

 

黒い仮面をかぶった人はナトゥーにイグニスから出る事を命令した。

ナトゥーは軽蔑するような彼の言い方に怒りを覚えた。

 

「ここから逃がしてくれるのはありがたいが、口が汚いな。

ダークエルフっていつもそんな言い方をするのか?」

 

「お前の為ではない。これ以上は言わない。

ダークエルフはジャイアントと交流しない」

 

「おい!ダークエルフと交流するのは俺も反対しているんだ。

ジャイアントもダークエルフの手など借りるつもりはない。」

 

黒い仮面を被った男は何も答えずに後ろ向いて消えてしまった。

まるでナトゥーの存在すら認めないかのように。

ナトゥーは怒りがおさまらず、その場で立ちっぱなしだったが、

遠くから近づいてくる警備兵を見つかり、隣にあった木の上へ登って隠れた。

スタッフを手にした二人の警備兵はナトゥーが隠れていた木の下を通り過ぎた。

辺りを警戒しながら歩いていたが、ナトゥーには気がつかなかったようだった。

目に見えない距離まで警備兵が去ってからナトゥーは木から降り、

霧の向こうに見えるモントの城を憎悪が混じった目で

睨み上げてから北へ向かって歩き出した。

自分がいる場所についてはっきり分からないが、

北へ向かえば間違いはなかった。

北の方向を確認したナトゥーは

少しでも早くモントから離れたくて急いで足を運んだ。

モントはイグニスでも一番南に位置していて、

国境線まではかなりの距離があった。

自分が脱出したことがばれると国境線の警備が強化されるかもしれない。

ダークエルフと会わないことを望みながら月光に照らされた道を走り出した。

 

‘ダークエルフと秘密契約は必ず阻止すべきだ。

あいつらはいつか我々の背中に刃を刺す存在だ。

しかし政治家のやつらが俺の話を聞いてくれるかが問題だ。

ちくしょう!フロイオン・アルコンの行方はまったく分からないし…’

その瞬間ナトゥーの足が止まった。

 

‘フロイオン・アルコンはハーフリングの村で無事に生きているのか?

彼をドラットへ連れて行かなければ…。

フロイオン・アルコンが無事に俺と一緒にいれば

ダークエルフのやつらも変な突っ込みは出来ないだろう。

ベロベロの話通りなら、ダークエルフとの無駄な争いを防ぎ、

ダークエルフの思い通りにならない為には

フロイオン・アルコンを無事にドラットまで連れて行く必要がある。

しかし、俺の推測通りヒューマンとハーフリングが彼を連れて行ったとしたら、

俺が彼を救い出すことで俺らがダークエルフと関わっていることがばれてしまう。

どうすれば他の人々に疑われることなく彼を無事に救出できるだろうか’

 

冷たい風が耳を通り過ぎた。ナトゥーは歩き出しながらじっくり考え始めた。

ふと肩に隠しておいた手紙が思い浮かんだ。

 

‘ベロベロはこのことをカイノンにいるハーフリングに伝えて欲しかった。

ハーフエルフはハーフリングたちに傭兵として雇われているが、

別にハーフリングの味方でもないし我々と敵対関係でもない。

そうだ!カイノンにいるハーフリングに頼むのだ。

彼らにフロイオン・アルコンの安全を確認してもらい、連絡を頼めばいい。

フロイオン・アルコンを脱出させてくれるのは無理かも知れないが、

俺の手紙を伝えることは出来るだろう’

しばらく走ると目の前に国境線を守る警備所の明かりが目に入ってきた。

ナトゥーはゆっくりと歩き出すと、近くの闇へ潜み警備所の様子を観察した。

警備所とは言え、屋根のついた柱が入り口の両側に立てられているだけだった。

両柱には警備兵が一人ずつ立っていた。


イグニスに入る時にはバタンからもらった巻物を見せて通ることが出来たが、

今は許可書はおろか脱走している最中。静かに通り過ぎるのは無理だろう。

まだモントからナトゥーが逃げた連絡がなかったのか、

警備所は暇そうだった。警戒しているのは二人だけで、気も緩んでいる。

ナトゥーは腰にかけていた鞘から剣を抜き出した。

両手に剣を握ったが、剣の刃の部分ではなく、みねを外側にした。

後の事を考えると、警備兵を殺すわけにはいかない。

出来るだけ傷をつけないほうが最善だ。


ナトゥーは警備所の正面で大きく深呼吸をしてから、

大声を叫びながら二人の間へ走り出した。

いきなり聞こえてくる大きな叫び声と重たい足音に驚いた二人が

後ろを振り向き、ナトゥーを見かけた。

スタッフを出すことすら忘れたまま慌てている間にナトゥーは

目の前まで近づいていた。ナトゥーが振るった剣に二人は

息を飲むような短いうめき声を出しながら倒れた。

 

ナトゥーは二人に近づき、彼らが生きていることを確認してから

北へ向かって再び走り出した。

ある程度離れた所で振り向いたら、いつの間に月は消え、朝日が昇ろうとしていた。

星も日差しの明るさに光を失い、朝を迎える自然の躍動が感じられた。

ナトゥーは東から吹いてくる風から海の匂いを感じ東へ向かった。

太陽は既に半分昇っていて、闇に隠れていた周りの景色が鮮明に目に入ってきた。

自分が海岸の崖の上に立っていることに初めて気がついた。

険しい崖の下には巨大な渦が3つ激しい波になっていた。

やっと自分が渦の海辺まで来たと分かった。

そのまま北へ行くとハーフリングの首都「ランベック」で、

また西へ行くとハーフエルフの中心地である「カイノン」だ。

ここからは十分慣れている地域だ。

もう迷うことはないだろう。

警備所からずっと握っていた剣をやっと鞘に差し入れた。

やっと無事に脱出したという安心感で、

一気に体全身を疲れが襲ってきた。

そのまま少しでも寝たかったが、ドラットの運命が双肩にかかっているため、

朝日に背を向け西へと足を運んだ。

 

 

第6章13話もお楽しみに!
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