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第七章 破られた時間 第5話 09.08.26
 

目の前が暗くなり、再び明るくなってからやっと、トリアンは

自分がオルネラの夢から抜け出したという事に気が付いた。

ジェニスが驚いた顔でトリアンの肩を握っていた。

トリアンは強く握っていたオルネラの手をそっと離してあげて、

呼吸を整えながら立ち上がった。
体は冷や汗で濡れていて目元には涙が浮かんでいた。

 

「大丈夫?トリアン」

 

ジェニスが心配そうに聞いてきた。

トリアンはかろうじて答えるとオルネラの部屋から出ていった。

ジェニスもオルネラの部屋を出て、トリアンを自分の部屋に連れて行った。

大きな衝撃を受けたように呆然としているトリアンを

ベッドに座らせて、冷たい蜂蜜茶を手に握らせた。

トリアンは砂漠を彷徨ってきた人のようにあっという間に蜂蜜茶を飲み干した。

何回か深呼吸をしてからトリアンが口を開けた。

 

「私、見ました。オルネラの一番ひどい記憶を…」

 

「オルネラの目の前で親がモンスターに殺される現場を…

その記憶を見たっていうの?」

 

トリアンは首を横に振った。

 

「私たちが想像していた事よりもっとひどくて…もっと悲劇的な事件を…

オルネラは目の前で見ていたのです」

 

「トリアン詳しく説明して。いったい何が起きていたの?」

 

トリアンの目から涙がこぼれ落ちた。

 

「オルネラのお父さんはペルソナに変わっていました…

オルネラは目の前で、ペルソナになったお父さんがお母さんを殺す瞬間を見て…

後で気が付いたオルネラのお父さんは、自分の手で妻を殺したという絶望感

と娘を守るという思いで自ら命を絶ったのです…」

 

「なんて事…」

 

ジェニスの顔が白くなった。トリアンの声はすすり泣きに変わっていた。

 

「その全てを…オルネラは見ていたのです…」

 

トリアンが泣き出した。高い難易度の魔法だが、

患者の心を治癒するには一番効果的だと言われている‘夢覗き’は、

夢をみている本人の全ての喜怒哀楽を

覗いている人も共有してしまうということが一番の特徴だった。

副作用とは言えないが、患者が苦しんでいる場合には

治癒師も患者と同じ苦痛を感じる事が多かった。

だから、治癒魔法はその効果が優れているのにもかかわらず、

ほとんど使われることがなかった。


トリアンは特に‘夢覗き’に才能を見せたが、

この治癒魔法を教えてくれた師匠は彼女に‘夢覗き’で

‘感情の洪水’に巻き込まれないようにと助言をしてくれた。


トリアンはその当時、師匠が言っている‘感情の洪水’が
何であるか理解できなかったが、
オルネラの夢を見てから初めて
‘感情の洪水’に気をつけろという意味が分かるようになった。

親を亡くした悲しみ、父親が母親を殺したという衝撃や怒り、

そして自分は何もできなかったという絶望感など、

オルネラの意識全てがトリアンにも感じられた。

トリアンはとめどなく涙を流して、また流した。

ジェニスはトリアンを抱いたままむせび泣いた。
 

「オルネラは人を、いやこの世界を恨んでいます。

自分の夢の中で顔をマスクで隠して村人を虐殺していました」

 

トリアンはオルネラの夢から出る直前に見た光景を思い出せながらジェニスに言った。

ジェニスはうなずきながら悲しい口調で言った。

 

「そんな悲劇的な事件をあんなに幼い子供が最後まで見てしまったのだから、

周りの全てを恨んでもおかしくはないよ」

 

ジェニスは目をつぶり、両手を合わせて祈り始めた。

 

我が母よ

私をあなたの道に導いて

あなたの微笑で私の心の闇を消してください

私とあなたとが一つになるようにしてください

 

我が母よ

私の事を忘れずに

あなたの涙で浄化して

あなたの知恵で私が賢明な選択ができるように

私を純粋な結晶体になるようにしてください

 

我が母よ

我がマレアよ

あなたは美しくて慈悲なる方です

 

ジェニスの祈りを聞きながらトリアンは眠りに落ちた。

‘感情の洪水’が巨大な波に流された後、

トリアンの心の中にはオルネラに対する哀れみと愛情が芽生えていた。

 

第7章6話-1もお楽しみに!
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