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第一章 救援の重さ 第2話 08.03.26
 
厚いカーテンは大きな窓の半分程しか隠していない。
長い窓の外からは、その堅固さで名高いグラット要塞の城壁、そして暗い夜空が見えている。
ほぼ満月に近い月が東の夜空に昇っている。
この世の母親、そして主神の伴侶であるエドネの瞳、月。
今夜はほぼ満月に近かったが、普段より冷たい青さで光っていた。

エドウィンは暖炉を眺めた。太い薪が月の光と対照的に真っ赤な色に燃え上がっていた。
松脂の香りが部屋中に漂っていたが、熱気はそれほど部屋を暖めていない。
松の薪に火をつけてそんなに時間が経っていないせいか、部屋はまだ少し肌寒い。

強くドアを開ける音がして、エドウィンは反射的に椅子から身を起こした。
彼は素早く腰を曲げ礼儀正しい姿勢でドアを開けた人を待った。
姿こそ見えなかったが、ドアの向こうに立っている者の高級そうな服装が垣間見えたからだ。

「顔を上げてくれたまえ、ここではそんなに硬くならなくてもいいのだから」

エドウィンは依然と礼儀正しい体勢を崩さないよう気をつけながら上体を起こした。

彼の目の前に立っている人は厚い布で作られた室内服を身にまとった、疲れた顔の老人だった。
痩せた体に窪んだ頬、上を向いている灰色の眉、頑固そうな印象だった。
きちんと鎧で武装した若い騎士が失望の表情を隠せないでいるのを見て、老人は微笑した。

「私がグラット要塞の総指揮官のヴィクトル・ブレン男爵だ。
今日中に支援兵力が着くことはないと思って寝ていたところだった。
こんな姿でがっかりさせて、申し訳なかった。」

男爵の服装は確かにエドウィンの期待とは違っていた。
なにしろ、ここはデル・ラゴスで最高の防御力を誇る難攻不落のグラット要塞だ。
総司令官もそれに相応しく武装した将軍だろうと思っていたエドウィンの失望を
和らげるのは彼の鋭い目つきだけだった。

エドウィンは首都の大神殿から預かった命令書を丁寧に男爵渡し、
一歩下がって待機の姿勢を取った。
硬苦しいほどに礼儀正しいこの若い騎士を男爵は興味深い目で眺めた。

“デル・ラゴス王国ロハ教団の聖騎士のエドウィン・バルタソンと、
彼が率いる見習い騎士2名をグラット要塞に派遣する。”
命令書は簡潔に書かれていた。男爵は頷きながらエドウィンの方を見た。

「貴君がエドウィンか。貴君のお父様であるバルタソン男爵には何回かお会いしたことがある。
次男が騎士団に入ったと聞いていたが、それが君なわけだ」

「さようでございます、閣下」

「閣下か…」

ヴィクトル男爵が大神殿からの命令書をテーブルの方へゴミを捨てるように投げるのを見て、
エドウィンは眉間にしわを寄せた。そして続く男爵の話に驚くしかなかった。

「閣下とかの呼び方はここでは止めよう。ここは騎士同士がお互いの命を握っている
最前線だし、私はこの要塞の全騎士が兄弟のように仲良く過ごしてほしいんだ。
今後は私をヴィクトルと呼んでくれたまえ」

エドウィンはどうすればいいか分からなくなった。
自分の父親の年齢に近い、ましてや上司である人を呼び捨てで呼んでいいのか。
騎士団の規律やルールが頑なに守られていた大神殿と聖騎士団での
生活に慣れているエドウィンに、彼の話は相当のショックだった。

その時、2人の目が合った。
年を取った総司令官には若い騎士の目からまっすぐな心を窺い知る事が出来た。
若い騎士は、武装していないにも関わらず目に見えないパワーを発散している、
総司令官のカリスマを肌で感じだ。

「よく来てくれた、エドウィン・バルタソン君」

「宜しくお願いします、ヴィクトル」

エドウィンはグラット要塞の総司令官に、左の胸元に拳を当て騎士団の敬礼を行った。
そして2人の騎士は同時に微笑んでいた。


総司令官の執務室を出て、要塞の中庭に出た時、庭の向かいに神殿が見えてきた。
この神殿はヒューマンを創造した神ロハではなく、
そのロハを創造した主神オンや母神エドネのために建てられた神殿だそうだ。

月は空の中央近くまで来ていた。
その青い光を浴び、質素で丈夫そうに見える要塞の壁が庭に影を落としている。
デル・ラゴスの首都アインホルンにある大神殿は知恵の神ロハのための神殿だった。
最前線のグラット要塞にロハのためではなく、
オンやエドネの神殿が建てられていることはどこか不思議な感じがした。

エドウィンは溜息をついた。
とにかく、これから彼はここで聖騎士として、兵士として生きていかなければならない。
思わずロハへの祈りの一行をつぶやいた彼は少し戸惑った。
そしてオンやエドネへの祈りをあげた。
夜空に浮かんだ瞳、エドネの瞳はただ黙ってこの大地を見下ろしているだけだった。
第三話もお楽しみに!
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