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第一章 救援の重さ 第6話 08.04.23
 
不意に頭の中に直接届くような声が聞こえた。
エドウィンは反射的に後ろを振り向いた。
振り向いたが、その独特なアクセントを持つ声の持ち主はそこにいない、
ということを直勘で分かっていた。

しかし、緊張で身体が張り詰めていたので反射的に振り向いてしまったのだ。
神殿の表や訓練場に集まっていた兵士達にはその声が聞こえなかったらしく、
依然として小さな集団がそこかしこに出来、総司令官の殺害事件について
話し合っていた。

エドウィンはその声がまた聞こえてくるのではないかとしばらく耳を傾けていたが、
何の声も聞こえてこなかった。
幻聴だったのか。
彼は肩をすくめて騎士団の詰め所に入った。
普段ならこの時間の詰め所は騎士達の声で騒がしい。
しかし今はまるで廃墟のように静かだ。
彼の背後で重たくきしむ音を立ててドアが閉ざされた。更なる不安が彼を襲う。

神経が極端に尖っているせいか、彼はたまに会議室としても使われるホールから
聞こえる小さな足音に気付いた。
エドウィンは剣を握りなおし、音が聞こえてくる方へと足を運んだ。

ホールのドアも硬く閉ざされていた。
ドアの取っ手を握ろうと、そっと手を伸ばした。
彼の手が取っ手に届く前に、ドアはエドウィンの方へ滑るように開け放たれた。
ドアの内側に身をもたれかけさせていた者がエドウィンの目の前に崩れ落ちる。
死骸が放つ生臭い血の匂い。彼はドアの隣の壁の方へ隠れた。
足元に転んできた遺体はハウトだった。
彼も神殿の中で吊られていたヴィクトル同様、胸に大きな穴が開けられ死んでいた。

急襲を警戒しながらホールの奥を見たエドウィンはその光景に息を飲んだ。
グラット要塞の全騎士がホールに集まっていた。
彼らは皆、騎士団の紋章が刻まれたプレートメイルや武器で武装していた。
そして皆、ホールの奥に向けて跪いている。
そして彼らの前の方には全身から光を発している者が見えた。

目の前が真っ白になった。

エドウィンはこの世界で最も輝かしい存在を目にしていた。
これまで一度も見たことはないが、今この瞬間、
彼はその存在が何なのかすぐ分かった。
地上に存在するものの中でもっとも荘厳たる存在。
全ヒューマンの神、ロハだった。

いつの間にか彼の体から力が抜け、ゆっくりと跪くような形を取った。
その瞬間、誰一人声をあげないその静まった広間に響いた金属音で彼は
気を取り直した。
体の力が抜け、握っていた剣を落としてしまったのだ。
床に落とした剣に目を向けると、またさっきの声が頭の中に聞こえてきた。

「…ですか、ご無事?私の声が聞こえる?」
 
「もう手遅れかも知れないよ」

先ほどの独特ななまりの女性の声とともに聞こえてきたのは甲高い声だった。
人の声とは思えないほど甲高く、
独特なイントネーションで何を言っているのか分かりづらい。
あわてているような女性の声に比べて、甲高い声は落ちついている。
すくなくとも、その2人の声はエドウィンが目にしている信じられない場面から
彼の目を離れさせることには成功した。

エドウィンは緊張で枯れていた喉からやっと声を出した。

「だ、誰だ。誰がしゃべってるんだ」

「私はトリアン・ファベル、高貴なエルフの女王、
シルラ・マヨル・レゲノン陛下が治める国ヴィア・マレアの国民で…」

「おいおい、そんな丁寧に自己紹介する時間はないって言ったろ?」
 

少し緊張した感じの女性の声に続き、彼女の声を止める甲高い声。
おかしくて笑いが漏れそうだった。甲高い声の人が話を続けた。

「そこにいるヒューマンの坊や、そこの状況を教えてくれないか。
彼は現れたのか?」

「…彼?」

エドウィンは直勘で「彼」が誰を意味するのか分かった。
今エドウィンがやっとの事で目をそらしているあの存在。
あの存在と目が合えば、たぶんエドウィン自身も跪いている騎士達同様、
服従して跪いてしまうに違いない。

全ヒューマンの神、ロハに。

エドウィンはまたホールの奥を覗いた。
ホール中央に立ち絢爛と輝いているその存在は、
彼が神の話や教理の本で見た絵の中の、神殿に描かれている壁画の中の、
そして神の石像の、そのロハと同じ姿だった。
眺めただけでも神聖な気が十分感じられる。
しかしその顔が浮かべている残酷な笑みや血だらけの手は、
エドウィンにとって、騎士達のようにその前に跪くわけにはいかない原因になっていた。

あの血まみれの手は…、あの手でハウトを殺したのか。
何故?何故ハウトを?
ヴィクトルもハウトのようにやられたんだろうか。
 
「坊や、応えろ!急にしゃべれなくなったのか!」

尖った甲高いその声がまた聞こえた。
そしてすぐその声の持ち主を責めるような女性の声。
エドウィンは小さな声で答えた。

「ここに…ロハ様が現れました、騎士団のホールに…」

「よく聞け、坊や。そいつは偽者だ。近づいちゃ駄目だぞ。
この要塞はもう終わりだ。逃げるんだ、要塞の外へ全力で走れ!」

甲高くまるで金属がぶつかるように冷たい声で、そして冷静な言い方で伝えた。
だが、混乱していたエドウィンの頭の中は、ただ1つのことだけを考えていた。

「あいつが…神の偽者がヴィクトルとハウトを殺したのか!」

エドウィンは落とした剣を拾い、しっかりと握り締めた。
深く呼吸をし、それと同時にホールの中へ飛び込んだ。
いや、飛び込もうとする瞬間彼の肩を握る手があった。
骨と皮だけのように痩せ衰えた、鳥肌が立つほど冷たい手だった。
第7話もお楽しみに!
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