HOME > コミュニティ > 小説
第一章 救援の重さ 第7話 08.04.23
 
世界を創造した主神オンは各種族の住んでいる大地の境に
強力なドラゴンを配置し、大陸の各種族が混ざらないようにした。

これはトリアンが子供の頃から神殿や学校で学んだ世界創造の神話の一部だった。
そのため各種族は、お互いがこの大陸のどこかに住んでいることに
気付いているにもかかわらず、主神オンの意志により、
長い間お互い会うことはなかった。

そしてロハン暦240年、ヒューマンの使節団が種族の中では初めて、
エルフの国ヴィア・マレアの首都レゲンの地を踏んだ。
境界を守護していたドラゴンが消えたという事実はこれを機にエルフ社会にも広まった。

どうしてドラゴンが消えたのか、どこへ消えたのかは明らかになっていないままである。
 
トリアンはちらりと、自分の道連れを振り向いた。
彼女の道連れのキッシュはデカンという種族だそうだ。
自らをドラゴンの末裔だと呼ぶ者達。
デカンという種族がこのロハン大陸に始めて現れたのは、
ドラゴンが消えた時期と一致していた。
だが、ロハン大陸の人のほとんどはデカンの主張を馬鹿な話だと思っていた。

トリアンもデカン族自らが主張する、ドラゴンの末裔という話を信用してはいなかった。
とりあえず、デカンはトリアンがこれまで見てきた絵や読んできた本が説明していた
事実とは色々なところが違っていた。

ドラゴンとデカンの一致するところは、鱗と鰭のような奇妙な耳ぐらいだった。
いや、トリアンが直接会った事のあるデカンは、
今彼女の目の前にいるキッシュ唯一人だったから、
他のデカンがどんな姿をしているのかはまだ分からないことだった。

トリアンはキッシュの視線を追って、グラット要塞の高い塀を眺めた。
些細な物にまで美しさを重視するエルフにとって、
ただ効率だけを考えた厚い壁を建てるということは理解できないことだった。

エルフのトリアンにとってグラット要塞は、美しさの欠如した冷たくて高いだけの、
草一本生えない岩の山のようなものだった。
しかもその厚くて高い壁は今、トリアンとキッシュには大変邪魔なものになっている。
 
2人はグラット要塞から少し離れた丘の上に身を隠していて、
要塞の中の状況を知ることはできないでいる。
キッシュは要塞の中の状況を調べるために、
トリアンには分からない特殊な能力を使った。

遠くに離れていても、目に見えなくても、要塞の中の声が聞ける能力だった。
キッシュだけでなく、トリアンまでその声の持ち主と会話できるようになる能力で、
キッシュはその能力をドラゴンの末裔の一部だけが使える特殊な能力だと言った。

が、トリアンはそれがエルフに伝わっていない魔法なのか、
何かのトリックなのかは分からなかった。
キッシュの能力で要塞の中の1人と会話をしていたのもつかの間、
トリアンにはもう、要塞の中の人の声やその周りの音が聞こえなくなった。

それはキッシュも同じだった。
キッシュの大きくて広い耳が2回、ひらひらと動いた。
彼は顔をしかめながら言った。
 
「その坊や、危ないかも」

キッシュはトリアンに答える間も与えず、要塞の方に向かって丘を下っていった。

トリアンは溜息を付きながらその後ろを追った。

どうしてこんな仕事が私に任せられたのか。
彼女はこれまで何度も頭の中に浮かべた疑問をまた浮かべていた。

ヴィア・マレアの首都ヴェーナは5つの区域に分かれている美しい都市。
そして魔法アカデミーはその5つのうち、一箇所全体を占めるほど重要な場所だ。
長い魔法の歴史の象徴である魔法アカデミーは、
海を後ろにそびえたつ王宮の塔ととともに、ヴェーナの誇りだとエルフは思っている。

円形に配置された建物の間の中央にある魔法アカデミー広場は、
学問を学ぶ場にふさわしく静かだった。
海の方から吹いてくる風に、広場内の木が揺れ、清涼な音を立てていた。

風が吹き、木が揺れ、鳥の鳴き声が聞こえる中でもリマ・ドルシルの声は
はっきりと聞こえてきた。

「お願い、トリアン。あなたは優秀な生徒で、才能ある魔法師です。
私の杞憂にすぎないならいいのですが…
そんなに簡単に終わることではないと思います。
あなたに手伝ってほしいのです。」

こんなことだと知っていたら断ったのに・・・。
この仕事を頼んできたリマ・ドルシルがヴィア・マレアの最高神官であっても、
リマ・ドルシルと魔法アカデミーの校長がトリアンの実力を認め推薦したとしても、
他に適任者を探して欲しいと断ったのに。

何故か楽しそうなキッシュとは違って、
トリアンは誰かと戦わなければならないということ自体が嫌だった。

エルフにとって人に怪我させたり、
人から怪我させられたりすることよりも不快なことはない。
要塞の入口から近いところに岩のでっぱりや草の藪があった。

キッシュはそこに身を隠し、トリアンを待っていた。
彼は急に真剣で怖い表情になり要塞の奥を覗いていた。
やがて着いたトリアンは要塞の奥から流れてくる気により、
息が詰まってよろけてしまった。
それは神の力や自然の気運を利用した魔法を使うエルフには
耐えられないほど暗い気運だった。
神の気運、しかし神聖さを失った暗い気運。

大神官リマ・ドルシルの話は事実だったのか。

「神々はもう私達に背を向けるでしょう。私達を恨み、
その恨みから私達をこの世から消そうとするでしょう。」

トリアンは体が震えてくるのを感じ、自分の肩を抱いた。

キッシュはトリアンをちらっと見て、長い指で要塞の中を指した。
要塞の入口は通常ではありえないほど開け放たれていた。
そしてその中には幾つかの影が動いていた。
吹いているのかどうか気付かないほど弱い風に中に、生臭い匂いが混じっていた。
血の匂いだ。

何故かヒューマンの兵士達はお互いの命を狙い、
凄惨な戦いを繰り広げていた。
キッシュがトリアンの肩をたたき、指で空を指した。

トリアンはその指先が指すところへ目をやった。
日が昇ってからあまり時間が経っていないのに、周りはだんだん暗くなっていく。
特にグラット要塞を中心に黒雲が集まっていた。
黒雲は要塞の上空で大きく渦巻いていた。
キッシュの指先が今度は要塞の向こうにある野原を指した。

遠くから砂煙が立っている。
エルフ特有の鋭い視覚によりトリアンは
その砂煙が何によって起きているのか分かった。

大規模のモンスター部隊がグラット要塞に向かって走っていた。
城門をいっぱいに開き、
まるで走ってくるモンスター部隊を歓迎しているようなグラット要塞に向かって。
第8話もお楽しみに!
[NEXT]
第一章 救援の重さ 第8話
[BACK]
第一章 救援の重さ 第6話
 :統合前のニックネーム