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第一章 救援の重さ 第12話 08.06.04
 
トリアンは自分がエルフの国ヴィア・マレアを離れて、
ヒューマンのデル・ラゴスまで秘密裏に来た事情について話した。
大神官リマ・ドルシルが全ての父なる主神オンの消滅を目撃したこと。
各種族を司っていた神々が何故その種族に向けて敵意を出し始めたのか。
大陸各地から現れ始めたモンスターは神の手によって作られたという話し。

神がこの大陸を創造し、各種族を誕生させ、これからまた消そうとしてる……
全てを目撃したとはいえ、エルフの神マレアを祀る神官としてリマ・ドルシルには、
信じられない苦しい現実だった。

彼女には現状について自分を納得させる証拠が必要だった。
大神官という職のため、ヴェーナから離れることのできないリマは魔法アカデミーの
生徒何人かを選び、大事な任務を任せた。

トリアンに任せられた任務は最近、混沌の気運が強く漂っているヒューマンの国、
デル・ラゴスにあるグラット要塞に行って状況を見極めることだった。
そしてトリアンはリマ・ドルシルから紹介されたキッシュというデカン族と共に
グラット要塞を訪問、危機に直面していたヒューマンの若い騎士、エドウィンを助けたのだ。

エドウィンはまだ状況が分かっていない表情だったが、トリアンの長い話を黙って聞いてくれた。
トリアンの知ってる限り、デル・ラゴスの全騎士はロハを祀る大神殿所属の聖騎士だった。
エドウィンの鎧からもロハの聖騎士団のマークが目立っていた。
そんな彼に神がこの大陸の種族に敵意を抱いて、種族の抹殺のためにモンスターを
この大陸に送っているというのは衝撃的な話しになるだろう。

トリアン自身もこれまで目撃したこと、聞いた話の中の美しくて高潔で、
優しい女神マレアがエルフを抹殺しようとしているとの話しは到底信じがたい話だったから。
トリアンの話しが終わると、キッシュがその喉を奥から鳴らしながら、荒い息を出した。

「キッシュは偉大なるドラゴンの末裔。君が知ってるとおり、デカンだ。
リマ・ドルシルとは悪縁でからまって、今度はこのエルフをエスコートして
グラット要塞まで来たわけだ。」

キッシュは簡単な自己紹介をしただけですぐ黙った。
彼の肌はたき火からの明かりで、鱗のついた生き物の皮膚のように、
つらつらと光っている。
エドウィンとしては確か初めてみる姿の異種族だった。
しかし信頼してもいい存在なのか、キッシュももしかしたら、
モンスターの変種ではないか、といった小さな疑いは頭の中から消えなかった。

モンスターに変わってしまった聖騎士から自分を助けたキッシュを覚えているにもかかわらず。
トリアンとキッシュ、エルフやデカンの2人の異種族がじっとしてエドウィンを見つめていた。
エドウィンは何も言い出せなった。

しばらく、3人の間で沈黙が流れた。
洞窟の外から聞いてくる雨の音やたき火の炎に燃えている
木の枝の弾ける音だけが洞窟の中に響いた。

しばらくしてからエドウィンはやっと口を開いた。
彼はトリアンとキッシュを見つめながらこう言った。

「エルフの大神官の勘違いをあなた達はそのまま信じてるんですか。
神が…私達に敵意を抱いていて、全種族をこの大陸から消すためにモンスターを作り出している?
そんなあり得ない話しを?」

小さな声で始まったエドウィンの話はだんだん大きな声に変わっていった。
認めたくないという感情の表現。
トリアンが口を開く前にキッシュが言い出した。
深い怒りがこもった荒い息を吐きながら。

「あり得ない?偉大なるドラゴンの末裔デカンがどうやって生まれたかは知ってるか。
デカンはその誕生の時から神への憎悪や怒りを心臓の中に込めて生まれた存在だ。
主神オンがその手で創造した偉大なる存在ドラゴンがどうやって滅亡していったか分かってるのか!」

ドラゴンの末裔という彼の主張が本当かどうかはともかく、炎を吹き出すような
キッシュの怒りにはものすごい威圧感が感じられた。
エドウィンは息を止め、トリアンの肩は震えていた。
キッシュの話しは止まらなかった。

「最高神のオンが消えたわけなんか知らない。
だが、それからロハン大陸の5人の下位神は、全てのドラゴンを攻撃して倒した。
この大陸を守る役割を果たしていたドラゴンは神々によって殺されてしまったのだ。
最後のドラゴン、アルメネスも傷だらけの体で北部のバラン島に行き、デカンを生んでから死んでいった。
それが偉大なるドラゴンの末裔のデカンが生まれた理由で、デカンが神を憎んでいる理由だ!」

キッシュの感情が高まるにつれ、彼の声も大きくなっていった。
キッシュの最後の言葉は金属のぶつかるような高い叫びになって洞窟の中で響いた。
その叫び声はしばらく洞窟の中を、だんだん洞窟の外からの雨音に埋もれて消えていった。
その響きが完全に消えた後にも3人は動きもせずに座っていた。

重い空気をそれぞれの肩で感じながら、3人の長い間、それぞれの思いに沈んでいた。
今度もその沈黙を先に破ったのはヒューマンの騎士エドウィンだった。
彼は溜息をついて言い始めた。

「どんな話しを聞いたとしても私はデル・ラゴスの聖騎士です。
私は私の剣に全てをかけて全ヒューマン守る神ロハへの忠誠を誓いました。」

エドウィンはまだ治っていない体を動いて立ち上がった。

「エルフのトリアン・ファベル、デカンのキッシュ。あなた達の助けには深く感謝いたします。
ですが、私はまだあなた達の話を信じることができません。
全ての父なるオンが消えたとか、神が私達を抹殺させようとしているとか、
そういう話は聞かなかったことにします。」

エドウィンは腰の辺りを手探りで何かを探した。
トリアンは彼が何を探しているかに気付き、洞窟の隅に置いておいた彼の剣を取って彼に渡した。
剣を渡すトリアンとそれを取るエドウィンの視線が合った。
少しの疑いや嘘も映していないエルフの瞳。
その瞳の奥には洞窟の闇やたき火の明かり、そしてエドウィンの顔を映っていた。

「どこに行くんだ。まだ体も治ってないし、雨も止んでない。
それに要塞を襲った奴らがこの近くまで偵察に来てるかもしれない。」

キッシュの質問にエドウィンは腰に剣を付けなおしてから答えた。

「アインホルンに戻ります。私はグラット要塞の唯一の生存者です。
要塞の壊滅について一刻も早く報告する責任があります。」

「さすが騎士だな」

キッシュは冷ややかに言ったが、エドウィンはそれに気付かなかったふりをした。
彼はトリアンがいる方向に振り向いた。
心配げな紫の瞳。
その瞳と視線が合ったのは若い騎士エドウィンには大きな幸運でもあり、不幸でもあった。
エドウィンは1人の異種族に、デル・ラゴス聖騎士団の礼儀に沿った丁寧な挨拶をし、洞窟を出た。
日が明けるまではまだまだ遠いし、激しい雨が降り続いていた。
「第二章 神を失った世界」もお楽しみに!
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